大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)26466号 判決

原告

町田フミヨ

右訴訟代理人弁護士

山本清一

被告

株式会社マルフク

右代表者代表取締役

白井一成

右訴訟代理人弁護士

小村亨

主文

一  被告は、原告に対し、金一一二万四五五四円及びこれに対する平成一〇年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一二七万七四五六円及び内金一一二万四五五四円に対する平成一〇年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、被告との間で金銭消費貸借契約を締結したが、原告の支払った弁済金のうち、利息制限法一条一項に定める利息の制限額を超える部分は不当利得となるとしてその返還を請求するものである。

一  争いのない事実等(証拠を掲げない事実は争いがない。)

1  被告は、昭和六二年三月一日及び平成二年三月一日、貸金業の規制等に関する法律(以下「法」という。)三条所定の登録を受け、後記2及び3の契約締結時及び各貸付時も、貸金業を営んでいた(乙八の一及び二)。

2  原告と被告は、平成元年一一月八日、次のような内容の金銭貸付取引並びに根質権設定契約(以下「本件基本契約」という。)を締結し、同日、被告は原告に対し、右契約に基づき、一四万円を貸し付けた(乙五)。

(一) 貸付限度額 五〇万円

(二) 弁済期等 貸付の日より二年内自由弁済

(三) 貸付利率 実質年率54.75パーセント

(閏年は54.9パーセント)

(四) 遅延損害金 右に同じ

(五) 根質権設定 原告は、訴外マルフク事業共同組合(以下「訴外組合」という。)と被告との間の昭和六一年八月一六日付金銭貸付取引約定書に基づき被告が訴外組合に対して負担する債務のうち、金五〇万円を限度とする債務を担保するため、訴外組合に対し共同担保としないで電話加入権(番号省略)の上に根質権を設定するとともに五〇万円を限度として被告に連帯して保証する。

(六) 期限の利益喪失の定め 原告、被告又は連帯保証人の一人でも次の各号の一に該当するときは、被告は訴外組合に対する、原告は被告に対するすべての債務について期限の利益を失い、催告を要せず即時全額を弁済しなければならない(以下「本件期限の利益喪失条項」という。)。

(1) 元本の弁済又は利息の支払を一回でも怠ったとき。

(2) 前記(五)の目的物件である電話加入権の電話料金支払を一回でも怠ったとき。

(3) 他の債務の不履行など経済的信用が損われたとき。

(4) その他本契約の条項に違反したとき。

被告は、本件基本契約の締結及び貸付の際、右(一)ないし(六)に掲げた事項のほか、被告の登録番号・商号・住所、原告の氏名・住所、貸付日・貸付金額等が記載された「金銭貸付取引並びに根質権設定契約書」と題する書面(乙五、以下「本件基本契約書」という。)を原告に交付した(弁論の全趣旨)。

3  さらに、被告は原告に対し、次のとおり業として金銭を貸し付けた(甲五、乙一。以下、右2記載の貸付とあわせて「本件各貸付」という。)。

右貸付の際の契約内容は、右2(二)から(四)まで及び(六)とほぼ同一であったが、契約書(五〇万円の貸付については乙一。)に記載された期限の利益喪失の定めには、本件期限の利益喪失条項と異なり、被告が訴外組合に対する債務の履行を行ったとき等に原告の被告に対する債務についても期限の利益を喪失する旨の記載はない(乙一、弁論の全趣旨)。

(一) 貸付の年月日 平成二年四月五日

貸付金額 三八万円

(二) 貸付の年月日 平成二年八月二五日

貸付金額 五〇万円

4  被告は、右3の各貸付の際、被告の登録番号・商号・住所、原告の氏名・住所のほか、貸付日、貸付金額、貸付利率、返済の方式等の記載された「金銭貸付取引約定書」と題する書面(五〇万円の貸付については乙一。三八万円の貸付についても同内容の書面が存在したものと推認される。以下合わせて「本件約定書」という。)を、それぞれ原告に交付した(弁論の全趣旨)。

5  本件約定書の第二条には、「本件約定書は本件基本契約書に基づき約定する」旨の記載がある(乙一、弁論の全趣旨)。

6  原告は、被告に対し、本件各貸付につき、別表記載のとおり、本件貸付の貸付利率による利息を任意に支払ったほか、元本の一部を弁済した(以下「本件各弁済」という。)。

7  被告は、原告から本件各弁済を受けた都度、支払を受けた金額、利息・元本への充当額、各支払後の残存債務の額、受領年月日及び被告の登録番号、商号、住所、貸付契約の番号、貸付契約の年月日、当初貸付金額等を記載した「計算書」と題する書面(以下「本件各計算書」という。)を、それぞれ原告に交付した(乙二の一ないし九一、三、四、弁論の全趣旨)。

二  主要な争点

本件基本契約書及び本件約定書が、法一七条一項が要求する書面に該当し、原告から被告に対して支払われた本件各弁済金のうち、利息制限法一条一項に定める利息の制限額を超える部分が、法四三条により有効な債務の弁済とみなされるか。

(原告の主張)

本件基本契約書には、貸付金は貸付の日より二年内自由弁済とする旨の記載のほか、期限の利益喪失の定めとして、被告が訴外組合に対する元本の弁済又は利息の支払を一回でも怠ったときは原告も期限の利益を喪失する旨の記載がある(本件期限の利益喪失条項)。

債務者は、本件基本契約書及び本件約定書の「二年内自由弁済」との記載により、二年以内に弁済すれば足りると考える可能性が強いから、そのような債務者が、債権者の第三者に対する債務不履行によって、予期しないときに残額の一括返済を迫られる事態が生じる可能性があることを予想するのは困難である。

法一七条一項、貸金業の規制等に関する法律施行規則(以下「規則」という。)一三条は、返済期間、返済回数、各回の返済期日及び返済金額について一義的かつ明確な記載を求めていると解すべきであるが、本件基本契約書及び本件約定書の記載では、返済期間、返済回数、返済期日及び返済金額が一義的に明確でなく、右要件を満たしていないというべきであるから、右各書面は法一七条一項、規則一三条の要求する書面にはあたらない。

(被告の主張)

返済期間、返済回数を合意することと、期限の利益喪失の約定をすることは、全く別個の意思内容であって、両者は併存するし、一方で期限の利益喪失の合意をしたからといって、他方での返済期間、返済回数の合意内容が損われることはない。

また、予期しない時期に返済を求められることになり、返済計画に支障があるとしても、期限の利益喪失の定めの適用を認めなければそれで足りるし、原告の被告に対する借入債務が遅滞なく履行されているにもかかわらず被告の訴外組合に対する借入債務がそれとは別個に履行遅滞になることは、全く想定していないし、現にこれまでそのようなこともない。

したがって、被告から原告に交付された本件基本契約書及び本件約定書は、法一七条一項、規則一三条の要求する書面にあたり、本件各弁済金は、法四三条による有効な債務の弁済とみなされる。

第三  判断

一  第二の一3で判示したとおり、本件約定書の期限の利益喪失の定めは、本件期限の利益喪失条項とは異なるが、第二の一5で判示したとおり、本件約定書の第二条には、「本約定書は本件基本契約書に基づき約定する」旨の記載があるので、本件各貸付のいずれにも本件期限の利益喪失条項が適用されるものと認められ、本件約定書自体に本件期限の利益喪失条項の記載があるのと同視すべきものというべきである。

なお、甲一ないし三号証によれば、少なくとも平成七年五月以降の貸付については、被告は契約書に本件期限の利益喪失条項を記載していないことが認められる。

二  法一七条一項が、貸金業者に対し、貸付の際に、返済期間、返済回数、各回の返済期日及び返済金額等の契約内容を記載した書面を債務者に交付するよう義務付けた趣旨は、契約内容が書面で明らかにされず、あるいは書面は作成されていてもそれが債務者に交付されていないと、後になって当事者間に契約内容をめぐって紛争が生ずるおそれが大きいためであると解される。

そして、債務者としては、次の返済期日に向けて短期的な返済計画を立てるとともに、残り何回でどれだけの金額を返済すれば最終的に自己の債務が消滅するのかを認識することによって、長期的な返済計画を立てるのが通常であり、この返済期間、返済回数、各回の返済期日及び返済金額について正確な情報が与えられていなければ、法一七条一項の趣旨は没却されることになるので、法一七条一項で交付が義務付けられている書面の記載事項は、債務者が右のような短期的あるいは長期的な返済計画を立てることができる程度に一義的で明確なものでなければならないというべきである。

三  第二の一で判示したとおり、本件各貸付の契約書である本件基本契約書及び本件約定書には、弁済期等として「貸付の日より二年内自由弁済」との記載があるが、併せて本件期限の利益喪失条項の記載もあるため、例え原告が自己の返済計画に従って返済期日、返済金額を決め、返済を継続していたとしても、被告の訴外組合に対する債務不履行によって、ある日突然、自己の期限の利益を喪失し、債務全額について返済期日が到来することになるので、原告が、貸付時あるいはその後において正確な返済計画を立てることは困難であるといわざるを得ない。

したがって、本件基本契約書及び本件約定書の弁済期等の記載は、本件期限の利益喪失条項の記載と合わせると、原告が短期的・長期的な返済計画を立てることができる程度に返済期間、返済回数、返済期日及び返済金額が一義的で明確なものであるとはいえない。

被告は、期限の利益喪失の合意をしたからといって、返済期間、返済回数の合意内容が損われることはない、また、本件期限の利益喪失条項の適用を認めなければそれで足りるし、現にこれまでそのようなこともなかった旨主張するが、本件期限の利益喪失条項は、通常の期限の利益喪失の定めと異なり、原告の債務不履行等だけではなく、およそ原告の関与しない被告の訴外組合に対する債務不履行等を理由として原告の期限の利益喪失の効果を生じさせるものであるから、本件各貸付の弁済期等の定め自体を不明確なものにするものといわざるを得ず、実際に被告が本件期限の利益喪失条項に基づいて権利を行使するか否かはその判断に何らの影響も及ぼさない。また、法一七条一項の要求する書面といえるかどうかは、その記載内容自体から判断すべきであるから、本件期限の利益喪失条項が法的に効力を有するか否かということも問題にならない(一般に貸金業者から借入をする者は、契約書に記載された条項の効力に疑いを持つとは考えられない。)。

したがって、本件基本契約書及び本件約定書は、法一七条一項の要求を満たす書面とは認められず、原告の本件各弁済のうち、利息制限法一条一項の定める制限を超える部分は、法四三条による有効な債務の弁済とみなすことはできず、被告の不当利得となる。

四  原告が別表記載のとおり本件各弁済をしたことは第二の一6で判示したとおりであり、利息制限法一条一項に定める利息の制限額を超える部分を元本に充当すると別表記載のとおり、最後に弁済した平成一〇年三月一九日の時点で一一二万四五五四円の過払が生じていることになる(この計算については被告は特に争わない。)。

五1  なお、原告は、民法七〇四条に基づいて、最後に弁済した平成一〇年三月一九日までの過払金に対する法定利息として合計一五万二九〇二円を請求し、かつ、同日時点での過払金一一二万四五五四円に対して翌二〇日以降支払済みまで年五分の割合による法定利息の支払を請求している。

しかし、結果的に貸金業者の行為が法四三条の要件を欠き、利息制限法一条一項の利息の制限を超える部分が過払となる場合でも、当然には初めて過払が生じた時点以降貸金業者が悪意の受益者であったと認めることはできず、民法七〇四条に基づく請求をする者は、貸金業者が悪意の受益者であったことをうかがわせる何らかの特別な事情を主張立証する必要がある。

2 本件の場合、原告は右特別事情を何ら主張、立証しないし、これまで判示してきたとおり、結果的には被告の行為は法四三条の要件を欠き、利息制限法一条一項の利息の制限を超える部分については過払となるが、弁論の全趣旨によれば、被告としては、本件基本契約書及び本件約定書が法一七条一項の要求する書面にあたると考えていたものと認められるので、初めて過払が生じた時点以降、被告が悪意の受益者であったと認めることはできない。

3 したがって、民法七〇四条に基づく法定利息の請求は理由がなく、原告は、過払金に対し、訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるにとどまる。

六  よって、原告の請求は、過払金一一二万四五五四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官・福田剛久)

別表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例